
どうも、でぶちょ社長です
無事に7日間のマレーシア・シンガポール視察から帰国し、少しずつ日常のペースを取り戻しつつあります。
しかし、帰国してホッと一息ついた今だからこそ、今回の旅を振り返って「あぁ、なるほど。だから我が家はこういう選択をしているんだな」と、改めて自分の中で腑に落ちたことがありました。
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今回の旅を通じて、親である私の中に芽生えた2つの強力な「気づき」。
一つはシンガポールで感じた「圧倒的な開発スピード」。そしてもう一つは、帰国した夜に見た長岡花火で再認識した「日本の伝統という強み」でした。
この2つの対比こそが、我が家がなぜ人気の「早期留学」を選ばず、あえて大学からマレーシアへ行くのかという「留学戦略の核」になります。
今回は、視察旅行の総括として、少し壮大な「アイデンティティ」のお話をさせてください。
【建国61年のシンガポール】圧倒的なスピード感と、これからの時代に必要なもの
今回の視察の最終日、ちょうど街全体が独立記念日(ナショナルデー)のお祝いムードに包まれていたシンガポールを訪れました。
巨大施設「ジュエル」をはじめ、次々とそびえ立つ斬新な超高層ビル群。その熱気を前に、妻がふと「シンガポールって、まだ建国して61年しかないんだねー」と呟きました。
そう、たった半世紀余りで、莫大な資本と戦略によって国ごとアップデートし、世界トップクラスの都市を作り上げたのです。
成長が鈍化していると言われる日本と比べると、東南アジアの「未来を創るエネルギーとスピード感」には圧倒されるものがありました。これからの時代を生きる子どもたちにとって、このスピード感や活気のある環境に触れることは間違いなく大きなプラスになります。
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【日本の強み】長岡花火で気づいた、お金では買えない「歴史と伝統」の価値
そんな東南アジアの勢いに圧倒されながら日本へ帰国した夜。たまたまYouTubeのライブ配信で、新潟の「長岡花火大会」を見ました。
夜空を埋め尽くす圧倒的な美しさと繊細な技術。それを見て、私は「あぁ、歴史や伝統という切り口においては、日本にはまだまだ圧倒的に優位な面があり、決して捨てたもんじゃないな」と冷静に感じたのです。
ふと協賛企業のアナウンスを聞いていると、なんと「創業1500年代の酒蔵」がスポンサーに名を連ねていました。
最新鋭のビルは、資本を投じれば数年で建ちます。しかし、「何百年も受け継がれた花火の技術」や「500年続く老舗の酒蔵」は、今からどれだけ莫大な資金を積んでも、すぐに創り出すことはできません。
猛スピードで進化する東南アジアの「資本の力」も素晴らしいですが、一方で決して変わらない日本の「伝統や歴史の強さ」には、お金では買えない圧倒的な価値と深みがあることに気づかされました。日本の強みはまだ生きています。
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【教育の選択】なぜ我が家は「早期の親子留学」をしないのか?
東南アジアのエネルギーは、これからの時代を生き抜くためにぜひ触れさせたい要素です。しかし、だからといって「小学生や中学生のうちから早く海外に出せばいい」とは、私は考えていません。
グローバル社会で、多様な国の人々と本当の意味で対等に渡り合い、リスペクトされる時、最後に必ず問われるのは「あなたは何者か?(アイデンティティ)」です。
500年続く酒蔵があり、息を呑むような技術を持つ「日本」という国の伝統や文化。その深みを肌感覚で理解し、日本人としての自分の「根っこ」をしっかり持つこと。
その土台を深く張るためには、人格と母語の思考力が完成する「高校までは日本でじっくり育てる」ことが必要だと考えています。
日本で「ブレないアイデンティティ」と「論理的思考力」を育て上げる。その上で、最も吸収力が高まる「大学進学」のタイミングで、マレーシアのカオスとエネルギーの中に飛び込ませる。
これこそが、「日本の心を持ち、世界の技術・知識を使いこなす」ための、理系パパなりの環境設計(ルート設定)です。
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息子の将来から逆算する、現実的な「もう一つの理由」
今回は「アイデンティティ」や「歴史と伝統の強み」という、少しマクロな視点でお話ししました。
しかし実は、我が家が早期の留学を選ばないのには、息子の「将来の夢」から逆算した、もう一つの極めてミクロ(現実的)な理由があります。
次回の【後編】では、壮大な教育論から一転、我が家のリビングでの妻との会話から、息子のキャリア戦略の核心に迫ります。どうぞお楽しみに!
🎙️ 理系パパの独り言
シンガポールはとんでもない熱気でした。楽しかった半面、実は私、少し複雑な感情になっていました。そう、悔しかったのです。私が子どもの頃、アジアのトップランナーは間違いなく日本でしたから。
「負けるかよ!」 自分の中にそんな泥臭い感情が湧いてきたことに、どこか新鮮な驚きと頼もしさを感じた視察旅行でした(笑)。