
どうも、でぶちょ社長です
先日、ネットニュースやSNSで話題になっていた「中学受験を巡る夫婦の価値観のズレ」についての記事を読みました。

【ニュースのざっくり概要】
自身が公立校でたくましく育った夫は「中学受験なんてコスパが悪い。自分の出身大学の偏差値より下の学校に行くくらいなら公立でいい」と主張。一方、私立中高一貫育ちの妻は「公立のワイルドな環境は不安だから私立に入れたい」と反論し、夫婦間で激しい偏差値・コスパ論争が繰り広げられている……という内容です。
この記事を読んで、正直「あぁ、これはどこのご家庭でも起こりうる切実な悩みだな……」と共感する一方で、一人の親として、少しだけ引っかかった部分がありました。
今日はその「違和感」をヒントに、わが家が大切にしている「進路選びのものさし」についてお話ししてみたいと思います。
【中学受験】前提として:わが家が「外部受験」をやめた瞬間
実は先日、ある保護者の方から息子に向けてこんな言葉をかけられる出来事がありました。 「君ならもっと頑張れば、有名難関校を目指せたのに。もったいないわね」
大人の世界(偏差値至上主義)から見れば、そう見えたのかもしれません。しかし、それを聞いた息子本人は、心の底から不思議そうな顔をしてこう思ったそうです。

へ? 別に行きたくないけど……
私自身、過去には「もっと良い教育環境の学校があるなら、外の難関中学を受験させてもいいのかな」と迷い、偏差値の高い学校のパンフレットを息子に見せたこともありました。
しかし、彼にとっては「偏差値の高い有名な学校」よりも、「今の友達と一緒に上がりたい。ここで学びたい」という自分の意思の方が何倍も重要だったのです。
息子のそのあっけらかんとした反応を見た瞬間、私の中で「外部受験」という選択肢は完全に消滅しました。「もったいない」という他人のものさしや親の欲よりも、本人の意思を尊重したかったからです。
▼ あえて「王道の偏差値ルート」を外れたわが家の戦略はこちら

中学受験論争の中に「子供の意思」はどこにあるのか?
ニュース記事を読んでいてどうしても引っかかったのは、夫婦の激しい議論の中に、「子供本人はどうしたいのか?」という視点がなかなか出てこないことでした。
中学受験に挑むのは、小学校高学年の多感な時期の子供たちです。 「私立に行かせることが幸せだ」という親の願いも、「コスパが悪い」という親の損得勘定も、どちらも親側の都合なんですよね。
わが家の長男が「別に行きたくない」と難関校受験を一蹴したように、そして「小学校の先生になりたいから、マレーシアの大学に行きたい」と自ら口にしたように、子供には子供なりの確固たる意思が必ずあります。
進路を考えるとき、まず向き合うべきは「偏差値表」ではなく、「子供が何を目指し、どんな環境を望んでいるのか」。ここを抜きにして親だけで進路を決めようとすると、どこかで無理が生じてしまう気がしています。
▼わが家の長男が描く未来地図(目標、戦略)はこちらです!

偏差値で線を引くよりも「環境と安心」を優先した私立中学・小学校の選択
ニュースの中では「夫の出身大学の偏差値でコスパの線を引く」という話が出てきましたが、実は私、これまであまり偏差値を指標として見てきたことがありません。
そもそもわが家が長男を私立小学校に通わせることにしたのは、学力向上のためではなく、「本人が安心して学べる環境」を求めたからです。
▼ 詳しくは自信を失っていた息子が私立小への「編入」でどう変わったかの記事をお読み下さい。

どんなに偏差値が高い学校でも、本人がしんどい思いをして、夜10時まで塾に通いつめて……その結果得られるものが「たいして行きたくない学校の切符」だとしたら、それこそ本当の意味での「コスパ」は良くないのかもしれません。
中学受験のコスパや公立の「レジリエンス(逆境力)」という言葉の罠
また、この記事の前半にあたるこちらのインタビュー(mi-mollet)では、旦那さんが「公立のワイルドな環境で揉まれることで打たれ強さ(レジリエンス)が身につく」といった趣旨のことを語っていました。 私の身近にも同じような意見を持つ人がいますし、言いたいことはよく分かります。
ただ、そうした「ワイルドな環境」というのは、時に「出る杭は打たれる」場所でもあります。大きな夢を語れば笑われたり、頑張っている子がいれば足を引っ張られたりするリスクもあるわけです。
結果として、子供がそこで身につけるのが「打たれ強さ」ではなく、「いかに目立たずに、周囲に同調して息を潜めるか」という処世術になってしまうとしたら……これからの時代、それにどれほどの価値があるでしょうか。
せっかく揉まれるのであれば、日本の小さな教室の中で足を引っ張り合うのではなく、今彼が目指しているマレーシアの大学で、思いっきり「文化の壁」や「言葉の壁」にぶつかって揉まれてほしい。親としては、そう願ってしまいます。
▼わが家の人生論&教育論はこちらからお読みください!

親ができるのは「選択肢の提示」と「自己決定」のサポート
公立がいいか、私立がいいか。 その答えは、親が出すものではなく、最終的には子供が自分で選ぶべきものだと思います。
親にできるのは、「ここまでならサポートできるよ」というカードを提示すること、そして「君はどうしたい?」と問いかけ続けることではないでしょうか。
わが家も、マレーシア進学という壮大な計画を立てていますが、常に本人にはこう伝えています。 「もし途中で違う道に行きたくなったら、いつでも教えてね。その時はまた一緒に作戦を練ろう」
親が先回りして「正解」を決めてしまうのではなく、子供が自分の人生を「自己決定」できるように、そっと横で並走するマネージャーでありたい。そんな風に考えています。
🎙️ 理系パパの独り言
私の同僚にも、中学受験を目指して週3回、夜遅くまで塾に通わせて親子で頑張っている家庭があります。
その努力自体は本当に素晴らしいものですが、話を聞いていると「そこに、子供の意思はあるのかな?」とふと考えてしまうことがあります。
教育費を何に使うか、どの学校を選ぶか。 そこに正解はありませんが、根本に立ち返って「子供の意思」と向き合うことだけは、忘れないようにしたいですね。
偏差値という数字に一喜一憂するのではなく、目の前で朝ごはんを食べている子供が、明日どんなワクワクを持って学校に行けるか。
そんな等身大の視点を、これからも大切にしていきたいと思います!